【政策インサイト】同時市場の導入に向けた検討の現状と今後の進め方
〜第1フェーズ:詳細業務設計とシステム実現可能性への挑戦〜
2026年2月27日に開催された「第21回 同時市場の在り方等に関する検討会」の内容をベースに、同時市場がなぜ必要なのか、そして今後どのようなハードルを乗り越えようとしているのかを解説します。
1.【初心者向け】同時市場とは何か?(背景と目的)
これまでの日本の電力取引は、いわば「バラ売り」の状態でした。
- 卸電力市場: 「電気そのもの(kWh)」を売買する
- 需給調整市場: 「周波数を整える能力(ΔkW)」を売買する
- 容量市場: 「将来の供給力(kW)」を確保する
これらは別々の市場で取引されていたため、「電気を売るのが一番得か、それとも調整力として待機しておくのが得か」を、個々の発電事業者が予測してバラバラに入札していました。しかし、再エネが増え、需給バランスが複雑になる中で、このやり方では系統全体で「最も安く、かつ安全な」組み合わせを選びきれなくなっています。
同時市場は、これらを「セット販売・一括最適化」する仕組みです。高度な計算システム(いわばスーパーAI)が、全国の発電機のコストと系統の混雑状況を瞬時に計算し、最も効率的な組み合わせを自動で決定します。
2.これまでの議論とスケジュール
同時市場の検討は、2025年2月の「第7次エネルギー基本計画」等を受けて本格化しました。
- 2025年10月(第二次中間取りまとめ): 同時市場を導入する方針が固まり、検討を「第1フェーズ(設計)」と「第2フェーズ(開発準備)」に分けることが決まりました。
- 現在(第1フェーズ開始): 2026年度から、具体的なルールの詳細(詳細業務設計)と、本当に計算が可能なのかを確認する(技術研究)が始まっています。
3.同時市場の心臓部:価格を決める「SCUC」と「SCED」
同時市場において、価格と約定結果を決める最も重要な仕組みが SCUC と SCED です。ここがシステム実装上の最大の難所と言われています。
① SCUC(Security Constrained Unit Commitment:系統制約付起動停止計画)
「明日、どの発電機をONにし、どの発電機をOFFにするか」を決める計画です。
- ポイント: 単に安い順に並べるのではなく、「送電線が混雑しないか(系統制約)」という条件を守りつつ、全体の燃料費を最小にする組み合わせを計算します。
② SCED(Security Constrained Economic Dispatch:系統制約付経済負荷配分)
「今、どの発電機の出力を何%にするか」をリアルタイムで決める指示です。
- ポイント: 常に変化する需要に対し、最も安上がりな出力を秒単位で計算します。
4.システム実装でどのように検証するのか?
今回の検討会で注目されているのが、「業務設計・技術研究会」を通じた実現可能性の検証です。
どうやって検証する?
同時市場の計算は、変数が多すぎて「計算が終わらない(収束しない)」リスクがあります。そのため、2026年度後半からシステムベンダーと協力し、以下のシミュレーション(技術研究)が行われます。
- 計算負荷のテスト: 日本の数万箇所に及ぶ系統(ノード)の情報を入力し、現在のコンピューター性能で、市場閉鎖から結果公表までの短時間(例:数十分以内)で計算が完了するかをテストします。
- 日本固有のモデル化: 世界でも珍しい「揚水発電」の多さを考慮し、一週間単位の水位管理を数十分単位の市場計算にどう組み込むか、数式モデルの妥当性を検証します。
- 電圧階級の絞り込み: 全系統を計算すると負荷が大きすぎるため、「上位の基幹系統だけで計算が成り立つか、あるいはローカルな配電系統まで含める必要があるか」をシミュレーションで比較します。
5.アグリゲーター・系統運用事業者の準備
同時市場が導入されると、これまでの業務フローが激変します。
- アグリゲーター(市場参加者):
- 電源単位の入札: これまでの「グループ(BG)単位」ではなく、「発電所・蓄電池単位」での詳細な情報提供と入札が義務化される方向です。
- 全量供出の義務: 原則として、持っている供給余力をすべて市場に出すことが求められます。
- 系統運用事業者:
- 計算負荷への対応: 系統モデルが大きくなるほど計算が重くなるため、現実的に運用可能な「ノード数」の設計と、揚水発電の特殊な運用ロジックの構築を急ぐ必要があります。
6.これからのスケジュールで見えてくること
2026年度は、まさに「同時市場が机上の空論で終わるか、現実のものになるか」が決まる1年です。
- 2026年後半: システムベンダー選定とシミュレーション開始。
- 2027年3月: 技術研究の簡易報告書が公表。ここで「計算が回る」ことが証明されれば、一気にシステム開発へと進みます。
まとめ
同時市場は、日本の電力を「最も賢く使う」ための究極のシステムです。その心臓部であるSCUC・SCEDの検証結果は、蓄電池事業者やアグリゲーターにとって、将来の入札ルールや収益機会を左右する決定的な情報となります。今後の「技術研究会」でのシミュレーション結果に注目が集まります。
■エナジーアグリラボの視点:同時市場は「電力ビジネスのOS」を書き換える
今回の検討会で示された「第1フェーズ」のロードマップは、単なる市場統合の準備ではない。これは、日本の電力ビジネスが「計画値同時同量の世界」から「物理制約に基づいた自動最適化の世界」へ、そのOSを根本から書き換えるプロセスの始まりである。
1. 同時市場の「再歳時記」:2027年3月が運命の分かれ道
同時市場の導入時期については、現時点で明確な「○年○月」という断定は避けられている。しかし、第1フェーズの技術研究結果が公表される2027年3月が、事実上の「Go/No-Go」の判断を下すデッドラインとなるだろう。 ここでSCUC・SCEDの計算が「日本の複雑な系統でも回る」と証明されれば、システム開発は加速し、2020年代後半から2030年頃には、日本の電力取引の風景は一変しているはずだ。逆に言えば、この時期までにシステム要件に対応できないリソースは、市場の主役から脱落するリスクを負うことになる。
2. 業界インパクト:アグリゲーターの「デジタル格差」が収益差に直結する
同時市場がもたらす最大の業界インパクトは、「BG(バランシンググループ)単位から電源(リソース)単位への入札義務化」である。 これまでは複数の電源を束ねて「ポートフォリオ」で帳尻を合わせることができたが、同時市場では個々の蓄電池や発電機の「物理的なクセ(起動コスト、ランプ率、SoCの状態)」を市場システムにさらけ出す必要がある。
- 勝ち組: 数千、数万のリソースをリアルタイムかつ個別に最適制御できる、高度なAI・API基盤を持つアグリゲーター。
- 負け組: BG単位のどんぶり勘定や、手動での運用に頼る従来型のプレーヤー。 同時市場とは、アグリゲーター間の「デジタル・ケイパビリティの差」が、そのまま落札単価の差として現れるシビアな市場になるだろう。
3. 系統運用:SCUC/SCEDは「見えない価値」を可視化する
SCUC・SCEDの導入は、これまでブラックボックスだった「系統の混雑」や「電圧調整」といった価値に、1円単位の価格をつけることになる。 これは系統運用事業者(送配電側)にとっては、非効率な電源を排除し、系統コストを最小化する強力な武器となる一方、発電・蓄電事業者にとっては、「どこに設置するか(ノードの選択)」が、市場価格以上の収益格差を生む時代が来ることを意味している。
未来への提言:制度を待つな、アルゴリズムに適合せよ
同時市場の議論において、最も危険なのは「制度が固まってからシステムを考えよう」という待ちの姿勢である。 第1フェーズで議論されるSCUC/SCEDのロジックは、そのまま将来の入札エンジンの仕様書になる。アグリゲーターや系統蓄電池事業者は、今この瞬間の議論を自社のEMS(エネルギー管理システム)の設計図にフィードバックすべきだ。 同時市場という「スーパーコンピューター」が支配する未来において、最後に生き残るのは、そのアルゴリズムと最も深く同期できたプレーヤーだけである。


